「汁粉屋の娘」(横溝正史)

橫溝ファンなら見逃す手はありません。

「汁粉屋の娘」(横溝正史)
(「双生児は囁く」)角川文庫

敬太郎は「殺してやっても
飽き足りないよ畜生!」と叫ぶ
女の声を聞く。
見ると二人の女が立っていた。
それは汁粉屋の看板娘・
お美代とお加代の姉妹だった。
二人は
仲違いしているのだという。
数日後、お美代が
他殺体で発見されて…。

橫溝正史の短篇であり、
発表は1921年。
何と処女作「恐ろしき四月馬鹿」
同じ年に発表された、
超初期作品なのです。
作家として確立していたわけではなく、
まだまだ投稿時代です。
未熟さは見られるのですが、しかし
橫溝ファンなら見逃す手はありません。

【主要登場人物】
敬太郎
…浪人生。姉妹の争いの声を聞く。
近藤
…敬太郎の中学時代の同窓生。
お美代
…看板姉妹の姉。清楚な印象。
お加代
…看板姉妹の妹。艶やかな印象。

紙面はわずか16頁です。
登場人物も4人ですから、
当然複雑な殺人事件ではありません。
その制約の中で、
若き橫溝は創意工夫をもって
筋書きを面白くしています。
それは読み手のミスリードを誘う罠を
数々仕掛けている点に現れています。

created by Rinker
¥535 (2024/05/18 00:21:34時点 Amazon調べ-詳細)

看板姉妹二人が、
互いにいがみ合っていたこと、
二人が暴言を吐いた場に
たまたま敬太郎が居合わせたこと、
離れていたために
どちらがその暴言を発したか
確認できていないこと等、
巧みに細工を施しています。

敬太郎の友人・近藤が
お美代に好意を持っていたこと、
近藤の所有する高価な時計を、
死んだお美代が所持していたこと、
そのために
近藤が容疑者となったこと等、
読み手の目を眩ませています。

しかし最後は…、
やや拍子抜けするような顛末ですが、
当時であれば「なるほど」と
読み手は唸らされたはずです。
これはこれで読み応えがあります。
ぜひ読んで確かめてください。
橫溝ファンなら見逃す手はありません。

さて、それはそれとして、
本作品はいささか時代がかって
きていますので、
書かれてあることを理解すること自体が
困難になってきています。
敬太郎は中学卒業後、
「高商」を不合格になった旨が
書かれてあるのですが、
「高商」とは何か?
(おそらく旧制の専門学校か?)
汁粉屋で近藤が注文した「鍋焼」とは
「鍋焼きうどん」のことなのか?
だとすれば当時は汁粉屋で
うどんがメニューに加わっていたのか?
うどん屋に汁粉があるのは理解できるが
うどんをサブメニューとする
汁粉屋が当時は一般的に
存在していたということなのか?
現代のキャバレーのように
当時の汁粉屋は、リクエストに応じて
店員が客の接待をしていたのか?
わからないことだらけです。

無理を承知で書くならば、
「註釈」が必要ではないかと思うのです。
光文社文庫から出ている
江戸川乱歩全集は、
こうした時代背景に関わる註釈が
充実していて、
読み手の理解を促進しています。
一方、橫溝正史作品の場合は
「註釈」が不十分な状態なのです。
「註釈」や「解説」も含めて充実している、
系統的な「橫溝正史全集」の出版を
強く要望する次第です。

〔本書収録作品一覧〕
汁粉屋の娘
三年の命
空家の怪死体
怪犯人


双生児は囁く

(2021.2.25)

ArtapixelによるPixabayからの画像

【関連記事:横溝ノンシリーズ作品】

【橫溝正史はいかがですか】

created by Rinker
¥858 (2024/05/18 22:37:18時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥792 (2024/05/18 11:44:35時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥902 (2024/05/18 07:07:32時点 Amazon調べ-詳細)

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA